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壬生狂言の感想 節分のあらすじなどを知って観たら深くなる

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壬生狂言を生で見てきたという人の感想を聞くことができたので紹介します。いきなり見に行かずに、あらすじなどを事前の情報収集していたことで初めてでも楽しむことができたそうです。

「神事」と聞けば堅苦しいとか厳かとかのイメージを持ちますが、壬生狂言はエンターテインメント性に優れています。初体験だったとしても純粋に楽しむことができるということでした。

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壬生狂言の節分を見てきた感想は?

壬生狂言にはいろいろな演目があるのですが、今回見る事ができたのは「節分」というものでした。タイトルからも分かる様に、あの、鬼に豆をぶつける節分の話です。

この壬生狂言の興味深いところが、いわゆるセリフに当たる声を発する事が一切無い、無言の状態で進められていく事です。

古典芸能を見る時は、古語をすべて理解できるとまでは行かなくとも、現在話されている日本語と共通の言葉が聞き取れたり、また、声に込められたニュアンスから場面をより鮮明に想像できたりするものですが、まさか無言とは!

これには理由があり、かつてはこれらの狂言が奉納される中、人々が念仏を唱えている前で上演されていた為です。セリフを喋っても聞こえないので、無言なのです。

でも、演じている人たちは、口の中で小さな声で念仏を唱えているそうです。

この説明を聞いてから観たので、より鎌倉時代と現代の空気が結び付けられたような、不思議な緊張感がありました。ただの出し物という域を超えた、やはりこれは、奉納であり、神事の一環なのだなと、肌身を以て感じられました。

壬生狂言 節分のあらすじをざっくり紹介します

神事の一環とは言っても狂言はエンターテインメントです。もちろん楽しく観ることができます。

狂言は大まかなあらすじを事前に知っておくと、観たときにより楽しむことができます。たとえば今回観た節分はこんな感じです。

「主人公の女主人が、鬼から着物や打ち出の小槌を奪い、さらに豆をまいて追い払う」

その動きがとてもユーモラスで、鳴り物の音も効果的。きっとかなりの鍛錬を重ねられているのだろうなと思いました。

笑いを誘う演出も、長い歴史の中で興味を失わせない為の要素なのでしょうね。
節分以外にも、春の時期にも別の演目が上演されていて、これも是非行ってみたいです。

壬生狂言は歴史と伝統に裏打ちされたエンターテインメント

以前から噂に聞いていた壬生寺の壬生狂言を生で観ることができたわけですが、大変興味深く感じました。とても歴史がある物らしく、鎌倉時代から続いていると聞いていたのでなおさらです。

当時壬生寺を取り仕切っていたお坊さんが、一般の人にも仏様の教えが分かりやすいようにと、パントマイムの様に身振り手振りでそれを表現したのが始まりです。

その後の歴史の中で、よりエンターテイメント性が高められ、演目もたくさん作られました。仏様の教えを説く割に、説教臭くありません。むしろ笑えるものが多くあります。

鎌倉時代と言ったら、今から700年以上も前です。そんな昔からこれほどの芸能があったのだと考えると、それだけで圧倒されてしまいます。

重要無形民俗文化財というものにも指定されていて、確かに現場でその空気とともに味わっていると「これは重要な物だ、今後も国民として守っていかなければならない、」という気持ちになるから不思議です。

壬生狂言の歴史と伝統に裏打ちされた面白さをぜひ体感してみて下さい。

さいごに

伝統芸能というと、何か堅苦しいイメージを持ってしまいます。でも何でもよいので演目を観てみてください。狂言は全然違うということがわかるはずです。

最初は、純粋に「昔のお笑い」に触れる感覚でいいと思います。

たとえばアニメ「日本昔話」は道徳的ですが、あれを説教臭いと思ってみる人は少ないですよね?多くの人は娯楽として受け入れられるでしょう?

それなら壬生狂言も同じように、きっと楽しめるはずです。

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